大判例

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東京地方裁判所八王子支部 昭和41年(わ)716号 判決

被告人 ハロルド・タツカー

主文

被告人を懲役三年に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は昭和四一年八月一三日午前零時三〇分ごろ、東京都昭島市拝島町二、九四八番地新寿荘内二階山本A子(当時二八才)方居室三畳間において同女と雑談中、劣情を催し強いて同女を姦淫しようと決意し、いきなり同女の右腕を掴んで隣室六畳間に引つ張り込んで引き倒し、起き上ろうとした同女の後頭部を附近にあつた置時計(昭和四一年押第一九二号の一)で殴打し、更に手拳で同女の顔面を殴打し、更に口を手などで塞ぎ頸部を両手で絞める等の暴行を加え、同女の反抗を抑圧した上強いて同女を姦淫したが、その際右暴行により同女に対し加療約一〇日間を要する後頭部、口部挫傷の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法一八一条(一七七条前段)に該当するので所定刑中有期懲役刑を選択して処断すべきところ情状について検討すると、被告人は深夜婦女子の居室内で本件犯行に及んだもので、その暴行の程度は著しく常規を逸脱しており救いを求める被害者の叫び声は深夜の町内を騒がせ、近隣者の急報により警察官が現場に赴いて制止するまで被告人は本件犯行を継続していたもので、その犯情は決して軽くはないが、他面被害者においてもバーで知り合つた被告人外一名の米兵を深夜女一人の自室に招き入れ寝巻きに着更えをして湯茶のサービスをするなど極めて軽率な行為のあつたことが窺がわれ、又被害者は本件後借財を残して所在不明となり、その後の所在調査等の結果同人は韓国婦人であり売春防止法違反により取り調べを受けた前歴を有し現に外国人登録法違反の嫌疑により捜査中の者であることが判明したこと等同人の素行にも問題があることその他諸般の事情を考慮し、所定刑期の範囲内で被告人を懲役三年に処し、同法二五条一項一号によりこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文により被告人に負担させる

(被害者山本A子の検察官に対する供述調書(二通)の信憑性について)

被告人は捜査段階より当公判廷に至るまで終始一貫して本件犯行を否認し、「私は昭和四一年八月一二日午後九時四五分頃友人のチエサーと一緒に、福生町のバー「フアイブスポツト」に行き、そこで通称トニーという山本A子に会い、同女と、二、五〇〇円で寝る約束をし、閉店時間まで同店にいた後三人でタクシーで同女のアパートに行つた。部屋に入ると、女は台所に行つてお茶の用意をしてから隣室に行き裾のみじかい着物をきて出て来た。五分か一〇分位してチエサーは帰つた。私は女に小銭で二、六〇〇円支払つたところ、シヨートタイムの金だというので私は金を返してくれといつたが返してくれず、早くやれというので、一緒に寝ることにして女と隣室に入り電気を消し性交をはじめたが、一五分位して女が時間が来たからやめて帰つてくれといつて私の左手の指をつかんで爪を立てたり、床の上に立ち上つてわめき散らし、私の腕に喰いついてきたので払いのけた。そこに警官が来た。」と謂う趣旨の供述をし、被害者山本A子の検察官に対する供述調書(二通)の記載内容と異る供述をしている。そこで右被害者の供述調書の信憑性について附言する。

一、伊藤斉の当公廷に於ける供述及同人の検察官に対する供述調書、伊藤愛子、中島昭幸、戸塚キヌの各司法警察員に対する供述調書を綜合すると、本件当日午前零時三〇分ごろ(即ち被告人外一名が山本A子と共に同女方に到達した時からさ程時間が経過していない頃と推測できる。)前記新寿荘階下に居住する伊藤斉、同愛子及び近隣者中島昭幸らが、再三にわたり、山本A子の救いを求める「助けて」「早く早く」という悲鳴を聞いて伊藤斉において急遽一一〇番に急報した事実が認められ、

二、第三、四回公判調書中の証人田中一男の供述記載によれば、昭島地区警ら担当警察官田中一男は指令に基いて同日午前零時五〇分頃前記新寿荘階上の山本A子方に急行し、同室内に立入つたところ被告人が手で山本A子の頸をしめ、口を押えて上に乗つていたので、被告人の肩を押して山本A子から離したところ、同女が右田中巡査の足にしがみついて「助けて殺されてしまう」と言つて救いを求めた事実が認められ

三、医師野村二郎の診断書及同人の司法警察員に対する供述調書によれば、前記山本A子が本件直後に右野村医師の診断を受けたところ、同女の後頭部に直径一〇センチメートルの皮下血腫、口部全体が腫れ、右口角軽度出血、口腔粘膜出血斑、右前腕部に直径三センチメートル、幅二センチメートルの発赤、左耳介部に発赤、腫張等の傷害を負つていた事実が認められ

右各認定事実に附合する前記山本A子の各供述調書を仔細に検討し、これに右供述調書作成時に於ける検察官の取調状況に関する証人堀越正二郎の供述(右調書作成につき強制その他供述の任意性を疑わしむる特段の事情が認められない)を併せ考えると右各調書記載内容の信憑性は十分に認められるところであり、これに反する被告人の前掲供述内容は当裁判所これを措信し得ないものである。

尤も証人栗林進の当公廷に於ける供述によれば被害者山本A子の素行につき前判示のごとく売春防止法違反の検挙歴外国人登録法違反の嫌疑等好ましからざるものが窺えるのであるが、斯かる事実のみを以て同人の前掲供述調書の信憑性を左右することは出来ない。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は

一、刑事訴訟法三二一条一項二号が、検察官の面前における供述調書を、その供述者が所在不明のため公判期日において供述することができない場合、証拠として採用することを許可しているのは、次の理由で日本国憲法の条項に違反し無効である。すなわち、日本国憲法三七条二項は、「刑事被告人はすべての証人に対し審問する機会を充分に与えられる」と規定しており、憲法が起草された当時、刑事犯罪で裁判を受ける者は、自己に対するすべての証人を審問する権利を有する趣旨であつたことは全く疑問の余地がないから、供述者の供述調書をもつて供述者の証言にかえ得る場合のあることを規定した前記規定は右憲法の条項に違反する旨主張するが、日本国憲法三七条二項は「刑事被告人は、すべての証人に対し審問する機会を充分に与えられ」る旨規定しており、この「証人」とは、公判廷で宣誓して証言する狭義の証人のみではなく、およそ被告人に不利益な供述証拠を提供する供述者をいうものと解すべきところ、かかる供述者が現に死亡所在不明等刑事訴訟法三二一条一項一号掲記のやむを得ない事由があつて、その者を裁判所において尋問することが妨げられ、これがために被告人に反対尋問の機会を与え得ないような場合にあつても、右供述者の供述を録取した調書が被告人に反対尋問の機会を与えていないとの一事で、絶対的に証拠能力を認めないとの法意を含むものではない(最高裁判所昭和二七年四月九日大法廷判決、刑集六巻四号五八四頁)。他方刑事訴訟法三二一条一項二号の規定は当該供述者が所在不明(その所在の発見については捜査通常の過程において相当と認められる手段、方法を尽してもなおその所在が判明しないことが必要であり且これをもつて足りると解すべきであり、本件につき捜査官側に於て特に供述者の所在不明ならしめた事情は認められない)のため喚問が不能である場合でも、無条件に伝聞法則の例外を認めたものではなく、当該供述証拠に、反対尋問に代るほどの信用性の情況的保障があり、かつその証拠を用いる必要がある場合にこれを証拠とすることを許容した趣旨の規定であつて、右憲法の条項は、かかる場合にも被告人のために必ず審問の機会を与えねばならないという趣旨ではないこと前記のとおりであるから、右刑訴の規定をもつて違憲の立法とする弁護人の主張は採用できない。

二、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基く施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定(以下地位協定という)一七条九項Cは合衆国軍隊の構成員が日本国の裁判権に基いて訴追をうけた場合は、自己に不利な証人と対決する権利を有する旨規定している。然して右条約の字句(英文)は公判廷における証人の証言の代替としての証人の供述調書が被告人に対し証人の審問権を与えるものであると翻訳することは全く不可能である。したがつて日本国の裁判所が自国の憲法及び成文法の規定をどの様に解釈するとに拘らず、日本国が厳粛な協定を締結した相手国に対し右条約に含まれた言葉の意味の独自な解釈を一方的に押しつけ、被告人をして右条約により保障された証人対決権を放棄せしめることは出来ないから刑事訴訟法三二一条一項二号の規定は地位協定の規定に違反して許さるべきでないと主張するが、地位協定一七条九項(C)によれば合衆国の軍隊の構成員若しくは軍属又はそれらの家族は日本国の裁判権に基いて公訴を提起された場合には、自己に不利益な証人と対決する権利を有する旨規定されていることは弁護人の主張のとおりである。ところでこの「証人と対決する権利」の内容について、弁護人は日本国憲法の規定、ないしその解釈と関係なく、凡そ被告人に不利益な証人に対し、被告人の反対尋問権を絶対的に且厳粛に保障したものである旨の主張をしているが、右地位協定について日本国全権委員及びアメリカ合衆国全権委員間の交渉において到達した了解を記録した議事録(昭和三五年六月二三日外務省告示第五二号)によれば、前記「証人と対決する権利」は日本国憲法の規定により、日本国の裁判所において裁判をうけるすべての者に対して保障される旨明示されており、合衆国の軍隊の構成員等に対し日本国の裁判権の行使を認めた前記地位協定全体の趣旨を考慮すれば、弁護人の主張するいわゆる証人対決権とは、結局前記日本国憲法三七条二項前段及び刑事訴訟法によつて日本国民に保障されている刑事被告人の証人審問権(その内容については前段説示のとおりである。)と内容において同一であり、(それ以上でも、以下でもない)かく解することこそ右条約の文言の真の意味であることは極めて明白であつて縷説を要しないからこの点についての弁護人の主張も全く理由がない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 樋口和博 石橋浩二 斉藤昭)

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